被爆資料

資料の使用等について

資料の使用等をご希望の方はこちらをご覧ください。

資料詳細

識別コード 1203-0014
資料名
資料名(英語) Inkstone
寄贈者(カナ) 岩瀬 節子(イワセ セツコ)
寄贈者(英語) Setsuko Iwase
受入年月日 1985/12/06
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 150×90×30
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 中広町
被爆地(現町名) 中広町
爆心地からの距離(m) 1500
数量 1
内容 岩瀬秀三郎さんの自宅焼け跡から発見されたもの。義理の姪の岩瀬節子さんは、被爆後、秀三郎さんを捜しに入市したが、勤務先も自宅も全壊全焼で、遺骨すら発見することができなかった。秀三郎さんの遺骨は、被爆から数十年後、原爆供養塔に保管されていたのが発見され、遺族の手に還された。
ブロック別 十日市・中広地区
展示説明文 岩瀬秀三郎さんは被爆後行方不明となり、おいの妻・節子さんが秀三郎さんを捜すために入市しました。しかし勤務先も自宅も全壊・全焼で、手がかりはなく、節子さんはやむなくこのすずりを焼け跡から持ち帰りました。1994(平成6)年に秀三郎さんの遺骨は平和記念公園の原爆供養塔に納骨されていたことがわかり、被爆から50年たってようやく遺族の元に帰りました。
展示説明文(英語) When Hidesaburo Iwase went missing after the atomic bombing, his nephew's wife Setsuko came to Hiroshima and searched for him. Unable to find a trace of Hidesaburo either at his workplace or home, both reduced to ashes, Setsuko retrieved this inkstone from his home. In 1994, the family was informed that Hidesaburo's ashes had been stored in the Atomic Bomb Memorial Mound in Peace Memorial Park. Fifty years after the atomic bombing, Hidesaburo's ashes were returned to his family.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫3

被爆資料写真原爆の絵美術品についてのお問い合わせ先

広島平和記念資料館 学芸課


電話:082-241-4004 FAX:082-542-7941