被爆資料

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資料詳細

識別コード 1216-0009
資料名 門札
資料名(英語)
寄贈者(カナ) 大西 佳夫(オオニシ ヨシオ)
寄贈者(英語) Yoshio Onishi
受入年月日 1997/08/06
寸法(幅×高さ×奥行)(mm)
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 材木町
被爆地(現町名) 中島町
爆心地からの距離(m) 450
数量 1
内容 現在の平和公園祈りの泉付近にあった真言宗安楽院の門札。寄贈者大西佳夫さん(当時10歳)の父親で安楽院住職の密禅さん(当時42歳)は自転車で比治山方面に行く途中被爆、似島に送られたが死亡した。安楽院では母親のシズコさん(当時37歳)と妹の祥代さん(生後143日)が庫裏にて、弟の敏夫さん(当時4歳)は、隣の誓願寺の庭で遊んでいて、3人とも被爆死した。姉で県立広島第一高等女学校一年生の釋枝さん(当時13歳)は土橋での建物疎開作業中被爆死した。佳夫さんは学童疎開をしていて無事だったが、家族8人の内5人が被爆死した。これは母方の祖父が焼け跡から見つけ、もちかえったもの。
ブロック別 平和記念公園・周辺地区
展示説明文 大西佳夫氏寄贈(おおにし よしお)
中島国民学校4年生の大西佳夫さん(おおにし よしお 当時10歳)は、双三郡(ふたみぐん)へ疎開していました。自宅では、母のシズコさん(当時37歳)と生後143日の妹が被爆死。父親の密禅さん(みつぜん 当時42歳)や学徒動員先で被爆した姉も亡くなり、家族8人のうち5人を亡くしました。
展示説明文(英語) Donated by Yoshio Onishi
Yoshio Onishi (then, 10), a fourth-grade student at Nakajima Elementary School, was evacuated to Futami County. On the day of the bombing, his mother Shizuko (then, 37) and his 143-day-old sister died at their home. His father Mitsuzen (then, 42) and another sister at her mobilization worksite also died. Of their 8-member family, five perished.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫3

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