被爆資料

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資料詳細

識別コード 3101-0007
資料名 防弾チョッキ
資料名(英語) Bullet-proof vest
寄贈者(カナ) 深町 陸夫(フカマチ リクオ)
寄贈者(英語) Rikuo Fukamachi
受入年月日 1981/08/14
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 480×540
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 牛田町
被爆地(現町名) 牛田南一丁目
爆心地からの距離(m) 2200
数量 1
内容 父親の深町侃さん(当時51歳)の遺品。県立広島第一中学校で軍事教練を指導していた侃さんは、牛田の自宅を出て勤務先に向かう途中で被爆し、行方不明になった。市立造船工業学校2年生だった陸夫さん(当時13歳)は自宅内で被爆し、倒壊した家の下敷きになった。どうにか抜け出したものの家はすぐに火につつまれ、持ち出せたのは侃さんのカバン一つだけだった。この防弾チョッキはその中にあったもので、以前、侃さんが戦場に行くとき、「死線(四銭)を超える」という意味で、五銭硬貨を縫い込んでつくり、贈られたものだった。陸夫さんは、焼け跡を幾日も捜し歩いたが、とうとう侃さんを見つけることはできず、これが唯一の形見になった。
ブロック別 牛田・広島駅周辺地区
展示説明文 防弾チョッキ
寄贈/深町陸夫氏
爆心地から約2,200m 牛田町(現在の牛田南一丁目)
陸夫さんが壊れた家からどうにか抜け出すと、家はすぐに火につつまれ、持ち出せたのは侃さんのカバン一つだけでした。この防弾チョッキはその中にあったもので、以前、侃さんが戦地に行くとき、「死線(四銭)を超える」という意味で、教え子たちが五銭硬貨を縫い込んでつくり、贈られたものでした。陸夫さんは、焼け跡を幾日も捜し歩きましたが、とうとう侃さんを見つけることはできず、これが唯一の形見となりました。
展示説明文(英語) Bullet-proof vest
Donation / Rikuo Fukamachi
Approx. 2,200m from the hypocenter
Ushita-machi (now, Ushita-minami 1-chome)
Soon after Rikuo clawed his way out from under his collapsed house it caught fire. He was able to rescue only one thing, his father's briefcase. This bullet-proof vest was in that suitcase. It was a gift from Kan's students, who sewed lucky 5-sen pieces onto it and gave it to him when he went to the front. (5 sen is one more than 4 sen, which is pronounced “shisen,” which is a homonym for "line of death." Thus, 5-sen means "beyond the line of death.") Rikuo walked around for days searching for Kan's body, but never found a trace. This was his only memento of his father.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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広島平和記念資料館 学芸課


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