被爆資料

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資料詳細

識別コード 3102-0035
資料名 ズボン
資料名(英語) Trousers
寄贈者(カナ) 竹原 精一(タケハラ セイイチ)
寄贈者(英語) Seiichi Takehara
受入年月日 1969/06/05
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 540×970
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 基町
被爆地(現町名) 基町
爆心地からの距離(m) 1100
数量 1
内容 竹原精一さんは、基町の広島城北側の中国軍管区教育隊で被爆した。閃光が光ったと思った瞬間に気を失い、気がつくと熱線のため、左大腿部、顔面、背中、左腕、後頭部に火傷を負っていた。火の燃え盛る市内からなんとか脱出し、8月8日に病院に収容された。しかし8月下旬頃に白血球数が減少し始め、脱毛した。同じような症状の仲間達が次々と死亡する中、なんとか一命をとりとめ、回復した。
ブロック別 基町・白島地区
展示説明文 竹原精一さんは、広島城北側にあった中国軍管区教育隊で被爆しました。せん光を感じた瞬間に気を失い、気がつくと熱線を浴びて大やけどを負っていました。竜巻のように燃え上がる炎から船をこいで逃れました。8月8日に病院に収容された竹原さんは、8月下旬ごろから髪の毛が抜けました。同じような症状の人が次々と亡くなる中で、竹原さんも死を覚悟しましたが、一命をとりとめ、回復しました。
展示説明文(英語) Seiichi Takehara was exposed as a member of the Training Unit of the Chugoku Miitary District to the north of Hiroshima Castle. He sensed the flash as he lost consciousness. When he came to, he was covered by burns from the heat ray. He escaped the flames rising in whirlwinds by rowing a boat into the river. He was admitted into a hospital on August 8 and began losing his hair at the end of the month. Watching other people in that condition dying around him, Seiichi prepared for the end. Instead, he recovered.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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