被爆資料

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資料詳細

識別コード 3107-0001
資料名 ゲートル
資料名(英語) Gaiters
寄贈者(カナ) 上田 キヨ(ウエダ キヨ)
寄贈者(英語) Kiyo Ueda
受入年月日
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 60×1200
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 小網町
被爆地(現町名) 小網町
爆心地からの距離(m) 900
数量 1
内容 市立中学校1年生の上田正之さん(当時12歳)は、学徒動員先の建物疎開作業現場で被爆した。全身に大火傷を負いながらも隣町の福島町まで逃れ、近所の人に助けられた。被爆直後から父親の正純さんと姉の久子さんは、火災に阻まれながらも正之さんを必死で捜索していた。しかし福島町に居るという伝言は届かず、「お母さん、お母さん」と泣いてばかりいた正之さんは、家族に再び会うこともなく8日午前6時頃に死亡した。母親のキヨさんは、自宅近くの建物疎開作業現場で被爆し、背中に重傷を負って正之さんを捜しに行く事ができず、被爆から数ヵ月後、茶筒につめた正之さんの遺灰を受け取った。この遺品はのちに手許に帰ってきたもの。
ブロック別 十日市・中広地区
展示説明文 市立中学校1、2年生は、建物疎開作業中に被爆し、多くの犠牲者を出しました。この衣服は、死亡した3人の生徒が身につけていたものです。
市立中学校1年生の上田正之さん(当時12歳)の遺品です。被爆後、隣町の福島町まで逃れたところを、たまたま近所の人に助けられましたが、8月8日に死亡しました。
展示説明文(英語) First- and second-year students of municipal Junior High School were exposed to the bomb while helping with building demolition. Most were killed. These clothes were worn by three who died.
These gaiters belonged to Masayuki Ueda (then 12), a first-year student at Municipal Junior High School. After exposed to the bomb, he fled to neighboring Fukushima-cho. He was found and helped by one of his neighbors, but died in the afternoon of August 8.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 本館展示

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