被爆資料

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資料詳細

識別コード 3108-0031
資料名 バックル
資料名(英語) Buckle
寄贈者(カナ) 井上 淳子(イノウエ ジュンコ),井上 堯子(イノウエ タカコ)
寄贈者(英語) INOUE Junko,INOUE Takako
受入年月日 2003/11/19
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 40×25×15
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 材木町
被爆地(現町名) 中島町
爆心地からの距離(m) 500
数量 1
内容 市立造船工業学校1年生の井上更右さん(当時12歳)は、動員学徒として建物疎開作業中に被爆した。帰ってこない更右さんを捜して、翌日父親の正雄さんが作業現場近くに行き、焼け残ったこのベルトと手術の痕で更右さんの遺体を確認した。上半身は真っ赤に焼け爛れ、大きかった目も小さく焼け縮んだ変わり果てた姿だった。まわりは焼けくすぶり、どうすることもできず、その日はそのまま戻るしかなかった正雄さんは、翌日再び現場に行き、二人の部下とともに更右さんの遺体を運び、自らの手で荼毘に付した。
ブロック別 平和記念公園・周辺地区
展示説明文 市立造船工業学校1年生の井上更右さん(こうすけ 当時12歳)は、学徒動員で建物疎開作業中に被爆しました。帰って来ない更右さんを捜して、翌7日父親の正雄さん(まさお 当時47歳)が作業現場近くに行き、焼け残っていたこのベルトのバックルと、手術の傷跡で更右さんの遺体を確認しました。上半身は真っ赤に焼けただれ、大きかった目も小さく焼け縮んだ、痛々しく変わり果てた姿でした。
平成15年度寄贈資料新着展キャプション
展示説明文(英語) Kosuke Inoue (then, 12), a first-year student as Municipal Shipbuilding Industry School, was exposed to the atomic bombing while demolishing buildings as a mobilized student. When he did not return home, his father, Masao (then, 47), went to Kosuke's worksite. He was able to identify his son by this belt buckle and an operation scar. Kosuke's body was grievously transformed, his upper torso burned bright red and his large eyes shrunk small.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 本館展示

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広島平和記念資料館 学芸課


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