被爆資料

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資料詳細

識別コード 3102-0075
資料名 ズボン
資料名(英語) Trousers
寄贈者(カナ) 角田 正美(スミダ マサミ )
寄贈者(英語) SUMIDA Masami
受入年月日 1999/07/06
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 330×280
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 松原町
被爆地(現町名) 松原町
爆心地からの距離(m) 1900
数量 1
内容 岡山県第一岡山中学校2年生の角田正美さん(当時14才)は、学校命令の出張で広島に来ていて、広島駅の市電乗場に停車中の電車内で被爆した。右後頭部に大ケガを負い、失神寸前の所を3人の友人に助けられ、東照宮まで逃げた。8日に岡山に戻り、治療を受けた。生死の境をさまようが何とか命をとりとめた。
その時着用していたもの。
ブロック別 牛田・広島駅周辺地区
展示説明文 岡山県第一岡山中学校2年生の角田正美さん(当時14歳)は、学校指示の出張中で、広島駅前の電車乗り場に停車していた電車の中で被爆しました。右後頭部に大ケガを負い、失神寸前のところを3人の友人に助けられ、東照宮まで逃げました。8日に岡山に戻り、治療を受けました。生死の境をさまよいましたが、何とか命をとりとめました。これは当日着用していたものです。
展示説明文(英語) Masami Sumida (then 14) was a second year student at First Okayama Prefectural Junior High School. On an errand for his school, he was exposed to the A-bomb in a streetcar that had just stopped in front of Hiroshima Station. He sustained a severe injury to the back and right side of his head and, on the verge of losing consciousness, was aided by three friends, who fled together to Toshogu Shrine. On August 8, he returned to Okayama where he received treatment. He hovered for a time between life and death, but his life was spared. This is the uniform jacket he was wearing that day.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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