被爆資料

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資料詳細

識別コード 3504-0038
資料名 財布
資料名(英語) Wallet
寄贈者(カナ) 井上 淳子(イノウエ ジュンコ),井上 堯子(イノウエ タカコ)
寄贈者(英語) INOUE Junko,INOUE Takako
受入年月日 2003/11/19
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 95×55×15
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 材木町
被爆地(現町名) 中島町
爆心地からの距離(m) 500
数量 1
内容 市立造船工業学校1年生の井上更右さん(当時12歳)は、動員学徒として建物疎開作業中に被爆した。帰ってこない更右さんを捜して、翌日父親の正雄さんが作業現場近くに行き、焼け残ったベルトと手術の痕で更右さんの遺体を確認した。上半身は真っ赤に焼け爛れ、大きかった目も小さく焼け縮んだ変わり果てた姿だった。まわりは焼けくすぶり、どうすることもできず、その日はそのまま戻るしかなかった正雄さんは、翌日再び現場に行き、二人の部下とともに更右さんの遺体を運び、自らの手で荼毘に付した。これは、ズボンのポケットに入っていたもの。
ブロック別 平和記念公園・周辺地区
展示説明文 被爆時に持っていた財布
寄贈/井上淳子氏・井上堯子氏(いのうえ じゅんこ・いのうえ たかこ)
爆心地から約500m 材木町(現在の中島町)(ざいもくちょう・なかじまちょう)
市立造船工業学校1年生の井上更右さん(こうすけ 当時12歳)は、建物疎開作業中に被爆。翌日父親の正雄さんが作業現場近くに行き、焼け残ったベルトのバックルと手術の跡で更右さんの遺体を確認しました。上半身は真っ赤に焼けただれ、目も小さく焼けただれた痛ましい姿でした。翌日正雄さんは更右さんの遺体をだびにふしましたが、更右さんのその姿をとても見ることはできませんでした。
展示説明文(英語) Purse he carried when he was exposed
Donated by Junko and Takako Inoue
Approx. 500m from the hypocenter Zaimoku-cho (now, Nakajima-cho)
Kosuke Inoue (then, 12), who was in his first year at Municipal Shipbuilding Industry School, was exposed while demolishing buildings. The next day, his father (Masao) searched the work site for Kosuke and recognized his body by the belt buckle and a surgical scar. Kosuke's body was a gruesome sight, the skin on his upper half burned bright red and peeling, the burnt eyeballs shrunken and loose in their sockets. When Masao cremated Kosuke the next day, he could not bear to look upon his son's body.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 本館展示

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広島平和記念資料館 学芸課


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