被爆資料

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資料詳細

識別コード 5403-0018
資料名 溶けたガラスと瓦の塊
資料名(英語) Lump of Melted Glass and Roof Tiles
寄贈者(カナ) 小林 隆雄(コバヤシ タカオ)
寄贈者(英語) Takao Kobayashi
受入年月日 2002/08/25
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 200×90×130
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 北榎町
被爆地(現町名) 西十日市町
爆心地からの距離(m) 1050
数量 1
内容 松島謙作さん(当時53歳)、小林コヨシさん(当時47歳)夫妻は、自宅で被爆、大火傷を負い、焼けただれた体でなんとか親戚の家まで逃れた。しかし苦しみぬいた末、謙作さんが8月21日、コヨシさんが23日に死亡した。市立第一高等女学校1年生だった娘のサダ子さん(当時13歳)は、建物疎開作業現場で被爆、遺骨も遺品も見つかっていない。1946(昭和21)年、長男の小林隆雄さん(当時27歳)が復員、見渡すばかりの焼け野原に驚き、家族を捜し回ったが、親戚から家族全員の死亡を知らされた。たった一人残された隆雄さんは、叔母から自宅焼け跡で拾っておいたこの塊を受け取り、家族の形見として大事に保存していた。
ブロック別 十日市・中広地区
展示説明文 溶けたガラスと瓦の塊
小林隆雄氏寄贈(こばやし たかお)
爆心地から1,050m 北榎町(現在の西十日市町)(きたえのまち・にしとおかいちまち)
松島謙作(まつしまけんさく)さん(当時53歳)、小林コヨシさん(当時47歳)夫婦は、自宅で被爆、焼けただれた体で親類宅まで避難しました。しかし、謙作さんが21日、コヨシさんが23日に亡くなりました。娘のサダ子さん(当時13歳)は、建物疎開作業現場で被爆、遺骨すら見つかっていません。1946(昭和21)年に長男の隆雄さん(当時27歳)が復員、見渡すばかりの焼け野原に驚き、家族を捜しましたが、親類から家族全員の死を知らされました。一人残された隆雄さんは、叔母が自宅焼け跡で拾っておいたこの塊を受け取り、家族の形見として大事にしていました。
展示説明文(英語) Lump of Melted Glass and Roof Tiles
Donated by Takao Kobayashi
1,050 m from the hypocenter; Kita-eno-machi (now, Nishi-tokaichi-machi)
Kensaku Matsushima (53) and his wife Koyoshi Kobayashi (47) were exposed and burned at home, but managed to get their burnt and tattered bodies to a relative’s home. Kensaku died on the 21st and Koyoshi on the 23rd. Their daughter Sadako (13) was exposed while helping with building demolition. Her remains were never found. When their oldest son, Takao (then, 27), was demobilized and returned home in 1946, he was astounded to find a burnt plain as far as he could see. He searched for his family until a relative told him they had all died.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫3

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