被爆資料

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資料詳細

識別コード 8201-0070
資料名 割増金附勸業債券
資料名(英語)
寄贈者(カナ) 畔地 ヒロコ(アゼチ ヒロコ)
寄贈者(英語) Hiroko Azeti
受入年月日 2001/03/22
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 252×228
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 水主町
被爆地(現町名) 住吉町
爆心地からの距離(m) 1300
数量 1
内容 寄贈者の畔地ヒロコさん(当時32歳)は、夫の俊造さん(当時38歳)と姉のミキヲさんとともに、爆心地から1,300メートルの水主町(現在の住吉町)の自宅で被爆した。三人とも倒壊した家屋の下敷きになったが、なんとか這い出した。出血がひどく、視力が弱まった俊造さんは、自分を置いて逃げてくれと何度も訴えたが、ヒロコさんはあきらめず、必死で俊造さんを支えて燃え盛る市街地から脱出し、広島第一陸軍病院江波分院に運んだ。これは自宅で被爆したもの。
ブロック別 吉島・舟入・観音地区
展示説明文 畔地ヒロコさん(当時32歳)は、夫の俊造さん(当時38歳)と姉のミキヲさんとともに、爆心地から1,300メートルの水主町(現在の住吉町)の自宅で被爆しました。三人とも倒壊した家屋の下敷きになりましたが、なんとか這い出しました。出血がひどく、視力が弱まった俊造さんは、自分を置いて逃げてくれと何度も訴えました。しかしヒロコさんはあきらめず、必死で俊造さんを支えて燃え盛る市街地から脱出し、広島第一陸軍病院江波分院に運びました。
展示説明文(英語) Along with her husband Shunzo (then, 38) and her elder sister Mikio, Hiroko Azechi (then, 32), was exposed at home in Kako-machi (now, Sumiyoshi-cho), 1,300 meters from the hypocenter. They were trapped under the fallen building, but all three managed to work their way out. Shunzo, who lost a great deal of blood and some of his sight, repeatedly urged his wife to leave him and save herself. Hiroko, using every ounce of strength to carry Shunzo, managed to weave through the flames of the city to the Eba Branch of the Hiroshima First Army Hospital.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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