被爆資料

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資料詳細

識別コード 8202-0011
資料名 郵便貯金通帳
資料名(英語) Postal money account book
寄贈者(カナ) 佐久間 一夫(サクマ カズオ)
寄贈者(英語) Kazuo Sakuma
受入年月日 1968/03/01
寸法(幅×高さ×奥行)(mm)
寸法(その他) 420×170、303×180
被爆地(旧町名) 八丁堀
被爆地(現町名) 上八丁堀
爆心地からの距離(m) 1100
数量 2
内容 寄贈者の佐久間一夫さん(当時44歳)は当時広島財務局に勤務しており、この通帳は財務局庁舎の鉄製金庫の中に入れていたもの。6日、たまたま出張で宮島にいた一夫さんは無事だったが、市内にいた子供たちを捜しにすぐに市内に戻った。娘の陽子(当時12歳)さんと浩子さん(当時9歳)は白島西中町の自宅近くで被爆、全身に大火傷を負っており、陽子さんが12日に、その5日後に浩子さんが死亡した。後に息子2人も原爆の後障害と思われる病気で死亡し、一夫さんは当時5人いた子供の内4人を原爆で失った。この通帳のお金は多くの同僚の死や子供たちの死を考えるとどうしても使う気になれず、23年間一夫さんが持っていたもの。
ブロック別 基町・白島地区
展示説明文 娘の陽子さんと浩子さんは、白島西中町の自宅の近くで被爆し、大やけどを負いました。その日、出張で宮島にいた一夫さんは、すぐに子どもたちを捜しに戻りました。しかし、陽子さんが12日に、その5日後には浩子さんも亡くなりました。後に、二人の息子も、原爆の後障害と思われる病気で亡くなり、一夫さんは当時5人いた子どものうち4人を失いました。この通帳は、一夫さんが勤務先の広島財務局の鉄製金庫に入れていたため焼失を免れましたが、多くの同僚の死や子どもたちの死を悼み、どうしても使えずに、大切にしていたものです。
展示説明文(英語) Kazuo's daughters Yoko and Hiroko were exposed to the A-bomb near their home in Hakoshima-nishi-naka-machi. They received severe burns. Kazuo had been on a business trip to Miyajima that day but returned immediately and searched for his children. Yoko died on the 12th and Hiroko died five days later. Two of his sons also developed A-bomb disease and are thought to have died of aftereffects. Kazuo lost four of his five children to the bomb. This passbook had been in a steel safe at his office, the Hiroshima Finance Bureau, so it was not destroyed. However, because it was associated with the loss of his children and so many colleagues, he never again felt he could use it. He treasured it as a
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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