被爆資料

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資料詳細

識別コード 8205-0007
資料名 8月6日付の国鉄切符
資料名(英語) National railway ticket dated August 6
寄贈者(カナ) 大木 セツコ(オオキ セツコ)
寄贈者(英語) Setsuko Oki
受入年月日 1997/05/26
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 57×25
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 松原町
被爆地(現町名) 松原町
爆心地からの距離(m) 1900
数量 1
内容 大木セツコさん(当時35歳)は、実家に帰ろうと広島駅に手荷物を預けた直後に被爆した。真っ暗闇の中、無我夢中で駅から這い出し、駅前にあった兄嫁の店に駆けつけると、家は潰れ、瓦礫の下で兄嫁は6歳の娘を抱えて死亡していた。抱きかかえられたためか、無事だったこの子を助け出し駅に戻ったセツコさんは、同行していた堀本スマ子さんと再会したが、スマ子さんは瀕死の重傷を負っており、まもなく亡くなった。翌7日、セツコさんら2人は向洋から汽車に乗り、ようやく郷里の福山に帰ることができた。
ブロック別 牛田・広島駅周辺地区
展示説明文 8月6日付の国鉄切符
寄贈/大木セツコ氏(おおき せつこ)
大木セツコさん(当時35歳)は、実家の福山に帰ろうと手荷物を預けた直後に被爆。目の前が真っ暗闇になり、無我夢中で駅からはい出しました。一緒にいた堀本スマ子さん(ほりもと すまこ)は重傷を負って、間もなく亡くなりました。駅前にあった兄嫁宅に駆けつけると、家はつぶれ、瓦礫の中で兄嫁は6歳の娘をかばうように抱きかかえて亡くなっていました。
展示説明文(英語) Japan National Railways ticket dated August 6
Donated by Setsuko Oki
Setsuko Oki (then, 35) had just checked her baggage as she prepared to return to her family home in Fukuyama. When the atomic bomb exploded, everything went pitch black. She had to work feverishly to crawl out and away from the station. Her companion, Sumako Horimoto, suffered serious injuries and died within hours. Setsuko rushed to her brother’s house in front of the station, but found it demolished by the blast. In the rubble, she discovered the bodies of her sister-in-law and 6-year-old niece, the mother’s arms and body still wrapped around her daughter as if trying to protect her.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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広島平和記念資料館 学芸課


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