被爆資料

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資料詳細

識別コード 9399-0044
資料名 合格通知書
資料名(英語) Notice of Admission
寄贈者(カナ) 伊藤 美子(イトウ ヨシコ)
寄贈者(英語) Yoshiko Ito
受入年月日
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 77×210
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 舟入川口町
被爆地(現町名) 舟入南二丁目
爆心地からの距離(m) 2200
数量 1
内容 県立広島第一高等女学校1年生の関岡敏子さん(当時13歳)は、爆心地から約800mの土橋付近の建物疎開作業現場で被爆した。遺体は現在も見つかっていない。敏子さんを最後に見た友人によると、「敏子さんは作業現場にうずくまり、頭から血を流していた。一緒に逃げようといったが、逃げられなかった。」ということだった。その友人もその言葉を敏子さんの母に伝えるようにと言い残して死亡した。これは舟入川口町(現在の舟入南二丁目)の自宅においてあったもの。
ブロック別 吉島・舟入・観音地区
展示説明文 県立広島第一高等女学校1年生の関岡敏子さん(当時13歳)は、動員学徒として爆心地から約800メートルの土橋付近で建物疎開作業中に被爆しました。敏子さんを最後に見た友人によると、「敏子さんは作業現場にうずくまって頭から血を流しており、一緒に逃げられなかった。」ということでした。敏子さんは現在も行方不明のままで、遺体も見つかっていません。敏子さんは、4ヵ月前に女学校に入学したばかりでした。
展示説明文(英語) Toshiko Sekioka(13),a first-year student at First Hiroshima Prefectural Garls High School,was exposed as a student mobilized for building demolition in the Dohashi area,about 800 meters from the hypocenter. The last friend to see Toshiko alive reported,"Toshiko was crouched down at the work site,bleeding from her head. She couldn't escape with us." Her remains were never found.Toshiko had started that school just four months earlier.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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広島平和記念資料館 学芸課


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