被爆資料

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資料詳細

識別コード 1104-0004
資料名 暗幕
資料名(英語) Curtain
寄贈者(カナ) 太尾田 れん(タオダ レン)
寄贈者(英語) Ren Taoda
受入年月日 2005/03/05
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 1200×700
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 松原町
被爆地(現町名) 松原町
爆心地からの距離(m) 1900
数量 1
内容 太尾田洋夫ちゃん(当時2歳)は入院中だった父重夫さんの見舞いの帰りに広島駅で被爆した。市内電車に乗り換えようと駅舎を出たところで、母れんさん(当時30歳)の背中に背負われていた。熱線を背後から浴び二人とも大やけどを負った。れんさんは、駅の暗幕で洋夫ちゃんをくるみ、避難した。洋夫ちゃんは救護所で「熱い熱い」「水が欲しい」とねだったが、水を飲ませると死ぬときいていたれんさんは最後まで水を与えなかった。被爆当日の午後11時、洋夫ちゃんは息を引き取った。れんさんは息子を死なせてしまったという気持ちと最後に水を飲ませてあげればよかったという後悔の念を抱き続けた。これは、れんさんが避難するときに洋夫ちゃんをくるんだ暗幕。
ブロック別 牛田・広島駅周辺地区
展示説明文 洋夫ちゃんをくるんだ駅のカーテン
寄贈/長谷部松子 太尾田れん
太尾田洋夫ちゃん(当時2歳)は、母・れんさん(当時30歳)とともに、広島駅の駅舎を出たところで、被爆。れんさんの背中に負ぶわれていた洋夫ちゃんは、背後から熱線に焼かれ、大やけどを負いました。れんさんは駅のカーテンで洋夫ちゃんをくるみ、燃え盛る市街地から逃げました。洋夫ちゃんは、救護所で、「あつい、あつい」、「水がほしい」とねだりましたが、水を飲ませると死ぬと聞いていたれんさんは、心を鬼にして水を与えませんでした。しかし、その夜11時、洋夫ちゃんは息を引き取りました。

<洋夫ちゃんの姉・松子さんのお話より>
「あんなにほしがった水を飲ませてやればよかった」。言葉を覚え始め、かわいい盛りだった洋夫を目の前で亡くした母は、後悔の念を抱き続け、亡くなるまで毎日欠かさず、コップに水を入れ、洋夫の仏壇に供えていました。
展示説明文(英語) Curtain in which Hiroo was wrapped
Hiroo Taoda (then 2) was exposed to the bombing with his mother Ren (then 30) when they were exiting the Hiroshima Station building. Carried on his mother’s back, Hiroo was exposed to the heat from behind and was burned badly. Ren wrapped Hiroo in this blackout curtain, which she found at Hiroshima Station, and fled from downtown in a sea of fire. At a relief station, he begged, “It burns, it burns….” “I want water….” Ren had to be cruel not to give him any because she had heard that drinking water would kill those with severe burns. Hiroo took his last breath at 11 pm that night.

Words from Matsuko, Hiroo’s older sister:
“I should have given him the water that he wanted so badly.” My mother lost Hiroo, who was at an adorable age, just learning to talk, before her eyes. She carried that guilt for the rest of her life. Until she died, she had offered a glass with water at Hiroo’s alter every day.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫3

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