被爆資料

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資料詳細

識別コード 3101-0165
資料名 シャツ
資料名(英語) Shirt
寄贈者(カナ) 枝松 直之(エダマツ ナオユキ)
寄贈者(英語) Naoyuki Edamatsu
受入年月日 2004/11/29
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 800×530
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 中島新町
被爆地(現町名) 中島町
爆心地からの距離(m) 600
数量 1
内容 県立広島第二中学校1年生の枝松修三さん(当時12歳)は、動員学徒として建物疎開作業現場で被爆した。すぐに父親が修三さんを捜しに市内へ向ったが見つからず、翌日も朝早くから捜しに行った。その後、修三さんが江波国民学校に収容されているとの知らせを受け、母親の房枝さんは江波国民学校へ向った。しかし現地は混乱しておりなかなか中に入れてもらえず、ようやく午後2時頃になって会うことが出来たが、修三さんはすでに亡くなっていた。房枝さんはもう少し早く会うことが出来ていれば、あるいはまだ修三さんは生きていたのではないかと思うと、残念でならなかった。
ブロック別 平和記念公園・周辺地区
展示説明文 1年6学級の枝松修三さん(当時12歳)の父盛人さんは、被爆直後に入市しましたが、修三さんを見つけることができませんでした。翌日盛人さんが捜索に出た後、江波国民学校に収容されているとの知らせが届き、母親の房枝さんが江波国民学校へ向いました。現地は混乱しており、ようやく午後2時ごろになって、修三さんを見つけましたが、すでに亡くなっていました。房枝さんはもう少し早く入れていれば、修三さんは生きていたのではないかと嘆き続けました。
展示説明文(英語) Morito Edamatsu, father of Shuso Edamatsu (then,12), who was in Class 6 of the seventh grade, entered the city immediately after the bombing but failed to find Shuso. After Morito had left to search the following day, Shuso's mother Fusae learned that Shuso was being cared for at Eba Elementary School. Fusae headed to the school, but in the chaos it took till 2:00 p.m. to find her son. Shuso was already dead. Fusae always grieved that she had not arrived a little sooner to see her son alive.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 巡回展示用A

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広島平和記念資料館 学芸課


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