被爆資料

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資料詳細

識別コード 3104-0028
資料名 パンツ
資料名(英語) Underpants
寄贈者(カナ) 太尾田 れん(タオダ レン)
寄贈者(英語) Ren Taoda
受入年月日 2005/03/05
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 310×190
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 松原町
被爆地(現町名) 松原町
爆心地からの距離(m) 1900
数量 1
内容 太尾田洋夫ちゃん(当時2歳)は入院中だった父重夫さんの見舞いの帰りに広島駅で被爆した。市内電車に乗り換えようと駅舎を出たところで、母れんさん(当時30歳)の背中に背負われていた。熱線を背後から浴び、二人とも大やけどを負った。れんさんは駅の暗幕で洋夫ちゃんをくるみ、避難した。洋夫ちゃんは救護所で「熱い熱い」「水が欲しい」とねだったが水を飲ませると死ぬときいていたれんさんは、最後まで水を与えなかった。被爆当日の午後11時、洋夫ちゃんは息を引き取った。れんさんは息子を死なせてしまったという気持ちと最後に水を飲ませてあげればよかったという後悔の念を抱き続けた。これは洋夫ちゃんが当日はいていたもの。
ブロック別 牛田・広島駅周辺地区
展示説明文 太尾田洋夫ちゃん(当時2歳)は、母のれんさん(当時30歳)の背中に背負われ、広島駅で市内電車に乗り換えようと駅舎を出たところで、被爆。熱線を背後から浴び、二人とも大やけどを負いました。洋夫ちゃんは、救護所で、「水が欲しい」とねだりましたが、水を飲ませると死ぬときいていたれんさんは、最後まで水を与えませんでした。被爆当日の午後11時、洋夫ちゃんは息を引き取りました。れんさんは、最後に水を飲ませてあげればよかったという後悔の念を抱き続けました。これは洋夫ちゃんが当日はいていたものです。
展示説明文(英語) Hiroo Taoda (then, 2) was being carried on the back of his mother, Ren (then, 30), as mother and son exited the station building on their way home from visiting his hospitalized father Shigeo. When the atomic bomb exploded, mother and son were assaulted from behind by the heat rays and suffered severe burns. At a first-aid station, Hiroo cried from the pain of the burns and begged for water. However, Ren did not let him drink because she had been told that drinking water would kill him. Hiroo took his last breath at around 11 p.m. that night. Ren never recovered from the guilt of letting her son die and the regret of not letting him have a drink of water at the end. These are the shorts Hiroo was wearing on that day, which Ren kept in memory of her son.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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広島平和記念資料館 学芸課


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