被爆資料

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資料詳細

識別コード 1103-0039
資料名 被爆した琴
資料名(英語)
寄贈者(カナ) 竹岡 智佐子(タケオカ チサコ)
寄贈者(英語) TAKEOKA Chisako
受入年月日 2014/6/6
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 1087×230×120
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 己斐町
被爆地(現町名) 己斐上町
爆心地からの距離(m) 3700
数量 1
内容 竹岡(旧制・土居)智佐子さん(当時17歳)は、己斐上町の自宅の玄関前で被爆した。智佐子さんは意識を失い、気がついた時には自宅から30mも離れた裏の畑に倒れていた。頭からべっとりと血を流していた智佐子さんは立ち上がることができず、なんとか四つん這いで自宅に戻ると、家は傾いており、屋根の瓦や窓も吹き飛んでいた。道路には真っ黒い大火傷を負った人々の集団ができ、自宅の中も負傷者でいっぱいになった。翌日の七日から智佐子さんは、陸軍病院の看護婦長だった母のリョウさん(当時41歳)を捜しに市内をまわった。被爆したリョウさんは右目を失い右半身を大火傷、左半身はたくさんのガラスが食い込んで、治療はその後何年も続いた。智佐子さんも生まれたばかりの長男を原爆症で失うなど、原爆は戦後も智佐子さんたちを苦しめた。
琴は智佐子さんが山中高等女学校に入学したお祝いに、母のリョウさんが買ったもの。被爆時は自宅の二階にあり、爆風で片方の足が折れ、13本あった糸はそのほとんどが切れてしまった。
戦後、智佐子さんはどうにか鳴らしてみようと糸を繫いだが、まともな音は鳴らず弾くことは諦めてしまったが、今日まで大切に保管していた。
ブロック別 己斐・草津地区
展示説明文
寄贈/竹岡智佐子氏(旧姓・土居) 
己斐町(現在の己斐上町)爆心地から3,700m
竹岡智佐子さん(当時17歳)は、自宅の玄関前で被爆しました。気がつくと30mも離れた畑に倒れていて、頭にべっとりと血がついていました。四つん這いで自宅に戻ると、家は傾いており、屋根の瓦や窓も吹き飛んでいました。
この琴は、女学校の入学祝いに母親から贈られたものです。爆風で片方の足が折れ、13本あった糸は、そのほとんどが切れてしまいました。戦後、智佐子さんは糸を繋いでみましたが、もとの美しい音が鳴ることはありませんでした。
展示説明文(英語) Japanese harp
Donated by Chisako Takeoka
3,700 m from the hypocenter Koi-machi (now, Koi-ue-machi)

Chisako Takeoka (maiden name was Doi) (then, 17) was exposed to the atomic bomb at the entrance of her house. When she regained consciousness, she found herself lying in a field 30 meters from her home with her head covered in blood. When she crawled back to her house on her hands and knees, she found it leaning with the roof tiles and windows blown off.
This Japanese harp was given to her by her mother when she enrolled in a girls’ school. A leg of one side of the harp was destroyed by the blast, and most of its 13 strings were severed. After the war, she repaired the harp, but it lost its beautiful sound forever.
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫3

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