原爆の絵

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資料詳細

識別コード GE01-05
絵の内容 戸坂の学校へ避難するために牛田新町まで逃げてきた人々
作者名(カナ) 塩津 ハルヨ(シオツ ハルヨ)
作者名(英語) SHIOTSU Haruyo
当時の年齢 27歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時 1945/8/6
情景場所 牛田新町
情景場所旧町名 牛田町
情景場所現町名
爆心地からの距離 3,500m
ブロック別 牛田・広島駅周辺地区
作者の説明 **絵の中
八月六日牛田新町までにげて来た人→広島市内

水水水 イタイヨ ゝゝ
チクショウ チクショウ・・・水水水
イタイヨ ゝゝ
カアチャン ゝゝ
水水水水を求めて
戸坂の学校へひなんする人たち

大田川
**裏
塩津ハルヨ 57才
サイズ(cm) 30×41.5
展示の説明文 やけどで皮膚がむけて垂れ下がった手を前に突き出し、うめきながら避難する
爆心地から3,500m 牛田町
1945(昭和20)年8月6日
塩津 ハルヨ(原爆投下当時27歳、絵を描いた時56歳)
絵中解説
「水、水、水」「痛いよう」「ちくしょう」「かあちゃん」。牛田新町まで逃げてきた人。戸坂の学校へ避難する人たち。
展示の説明文(英語) Holding their burned and peeling arms in front, groaning in pain, they fled.
3,500m from the hypocenter / Ushita-machi
August 6, 1945
Haruyo Shiotsu (27 at the time of the bombing, 56 when she drew this picture)
Explanation in picture
"Water, water, water" "It hurts, it hurts" "Damn" "Mother". They came seeking refuge in Ushita-shin-machi. Some as far as the school in Hesaka.

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