原爆の絵

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資料詳細

識別コード GE11-10
絵の内容 むしろをかぶせられた収容所の死体(子供)の中から我が子を捜す母親
作者名(カナ) 村田 久子(ムラタ ヒサコ)
作者名(英語) Hisako Murata
当時の年齢 29歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時 1945/8/7 (時刻)夕方
情景場所 安佐郡祇園町
情景場所旧町名 安佐郡祇園町
情景場所現町名 安佐南区祇園
爆心地からの距離 5,000m
ブロック別 三篠・祇園地区
作者の説明 **絵の中
8月7日 夕方
祇園町のお寺の広縁にずらりと主に子供の遺体が並べられてあり むしろがかけられてあった
傷ついた母親はむしゃくしゃの顔をしてむしろをめくっては我が子を探していた
サイズ(cm) 27×38
展示の説明文 むしろをめくっては、我が子を捜す
爆心地から5,000m 安佐郡祇園町
1945年(昭和20年)8月7日夕方
村田久子氏(当時29歳)
【作者のことばから】
お寺の広縁にずらりと主に子どもの遺体が並べられてあり、むしろがかけられてあった。傷ついた母親は、むしゃくしゃの顔をしてむしろをめくっては我が子を捜していた。
展示の説明文(英語) Turning the straw mats in search of one’s child
5,000m from the hypocenter Gion-cho, Asa-gun
August 7, 1945, evening
Drawn by Hisako Murata (age 29 at the time of the bombing)
[Excerpt of artist comment]
Dead children were laid in rows underneath straw mats on the veranda of a temple. An injured mother, looking distraught, was turning the mats over one by one, in search of her child.

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