原爆の絵

資料の使用等について

資料の使用等をご希望の方はこちらをご覧ください。

資料詳細

識別コード GE13-10
絵の内容 川の中に浮かぶ死体を見ながら鉄橋を渡る作者ら
作者名(カナ) 木原 敏子(キハラ トシコ)
作者名(英語) Toshiko Kihara
当時の年齢 17歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時 1945/8/7
情景場所 福島町電車専用橋
情景場所旧町名
情景場所現町名
爆心地からの距離 1,680m
ブロック別 十日市・中広地区
作者の説明 **絵の中
八月七日
己斐は、焼けていなかったけど福島町は焼けた家や、焼けない家と有った。
福島の鉄橋に板を渡して皆んなそこを渡っていた。
兵隊さんが「下を見てはいけないよ 服を持って…」と云はれ三人で兵隊さんの服をしっかり持ち恐る恐る渡った。
市内は建物疎開に動員された人達が作業を始めた直後・・・・
午前八時十五分
爆弾が落ち業火に追われて川に飛び込みそのまゝ水死した死体が橋の下は山となって漂い赤や青や緑や紫色に三倍も四倍も脹れ脹れて皆んな皆んなカッと目を開き本当に恐ろしかった。やっと渡り「元気を出して」と励まされサヨナラと別れ心細く足の竦む思いで一歩一歩進んだ。
**裏
木原敏子
四十七才
サイズ(cm) 38×54
展示の説明文 恐る恐る渡る鉄橋の下に漂う死体は、赤・青・緑・紫で3、4倍にふくれていた
爆心地から1,680m 福島町電車専用橋 (現在の都町)
1945(昭和20)年8月7日
木原 敏子(当時17歳、絵を描いた時47歳)
展示の説明文(英語) As I fearfully crossed the railroad bridge, I saw red, blue, green, and purple corpses swollen three or four times floating under it.
1,680m from the hypocenter Streetcar bridge in Fukushima-cho (now Miyako-machi)
August 7, 1945
Toshiko Kihara
Age 17 at time of bombing, 47 at time of drawing

被爆資料写真原爆の絵美術品についてのお問い合わせ先

広島平和記念資料館 学芸課


電話:082-241-4004 FAX:082-542-7941