原爆の絵

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資料詳細

識別コード GE15-25
絵の内容 やけどに赤チンと食用油をぬり新聞紙をはられる負傷者
作者名(カナ) 上野 清明(ウエノ キヨアキ)
作者名(英語) Kiyoaki Ueno
当時の年齢 15歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時 1945/8/9 (時刻)10:00頃
情景場所 仁保国民学校
情景場所旧町名 東雲町
情景場所現町名 仁保新町二丁目
爆心地からの距離 4,200m
ブロック別 比治山・仁保地区
作者の説明 **絵の中
仁保国民学校 被爆者救護所 (S二〇・八・九)
(廊下にて。窓ガラス全部破損)
東広島市西條町寺家 上野清明(当時広島師範予科一年)
当時私は東雲町の広島師範学校の被爆後の整理作業に従事していました。その時仁保国民学校に公用にて出かけた時に、目撃した様子が忘れない為に、まずいい絵ですがスケッチした物です。
◎医療品がないため、救護班の人一名が火傷に赤チンを塗って歩き他の一名が、その後に食用油を塗りその上に新聞紙を張って歩いていたのです。
◎其の新聞紙を剥がす場合の被爆者の絶叫は今も忘すれる事は出来ません
◎又非常にハエが多く傷にはウジ虫も居ました
天井も至る所破損して居る。
被爆者の火傷
救護班
赤チン
新聞紙を張る
(ハエ)
新聞紙
食用油
ハケ
サイズ(cm) 25×35.5
展示の説明文 医薬品がないため、救護班の一人がやけどに赤チンを塗って、他の一人がその後に食用油を塗り、新聞紙を張っていました。新聞紙をはがす時の負傷者の絶叫は今も忘れることはできません。
展示の説明文(英語) Since there was no medicine for burns, one member of the first-aid team applied mercurochrome. The other member followed up with cooking oil, then plastered newspaper on top. To this day, I can remember the screams of the injured when the newspaper was peeled off.

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