原爆の絵

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資料詳細

識別コード GE03-10
絵の内容 全身傷つき虫の息の母親にすがりつく幼子
作者名(カナ) 松室 一雄(マツムロ カズオ)
作者名(英語) MATSUMURO Kazuo
当時の年齢 32歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時
情景場所 鶴見橋停留所
情景場所旧町名
情景場所現町名 比治山本町
爆心地からの距離 1,650m
ブロック別 比治山・仁保地区
作者の説明 **絵の中
母親の怪我は、ひどいのに引替え、子供は、(二才位)ほとんど無キズであった事は偶然とは思えなかった。母親は、虫の息であった。やがて数時間後は、母は、ごみの様に、トラックで集められ焼かれ、子供はど何こかの誰かの手でしかるべき処に、連れて行かれ親子は一生の別れをしたことだらう
今生きてゐればこの子は三十才!!身寄りの事、この母親の事等、全く知る由もない!!
(警防団の人) 
鶴見橋停留所
(爆心地より約1.5km)
S49.8. 松室一雄(61才)
サイズ(cm) 27×38
展示の説明文 全身傷つき虫の息の母親にすがりつく幼子
爆心地から1,700m 鶴見橋停留所(南区比治山本町)
1945(昭和20)年8月6日
松室 一雄(原爆投下当時32歳、絵を描いた時61歳)
絵中解説
母親のけがはひどいのに引き換え、子どもはほとんど無傷であった事は偶然とは思えなかった。母親は虫の息であった。やがて数時間後、母はごみのようにトラックで集められ焼かれ、子どもはどこかの誰かの手でしかるべき所に連れて行かれ、親子は一生の別れをしたことだろう。今生きていればこの子は30歳。身寄りの事、この母親の事等全く知る由もない。
展示の説明文(英語) A girl clinging to her mother who was wounded over her whole body and barely breathing
1,700m from the hypocenter, Tsurumi Bridge Streetcar stop (Hijiyama-hon-machi, Minami-ku)
August 6, 1945
Kazuo Matsumuro (32 at time of bombing, 61 at time of drawing)
Explanation in picture
It was probably not a coincidence that the mother was critically wounded while her daughter was virtually unscratched. The mother was barely breathing. Several hours later, the mother was piled onto a truck like a piece of trash to be taken for cremation. The child was taken away to be raised by someone else. Thus, they parted forever. If the daughter lived, she would be 30 now. How would she know anything of her mother or the other people she came from?"

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