原爆の絵

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資料詳細

識別コード GE37-23
絵の内容 きちんと並んだ動員学徒の死体、焼け残った弁当が供えられている。
作者名(カナ) 宮地 臣子(ミヤジ トミコ)
作者名(英語) MIYAJI Tomiko
当時の年齢 34歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時 1945/8/7 (時刻)朝
情景場所 土橋
情景場所旧町名
情景場所現町名 土橋町
爆心地からの距離 800m
ブロック別 十日市・中広地区
作者の説明 **絵の中
土橋
八月七日アサ
キレイニナランダ動員学徒の死体

焼ケ残ッタベントウガ供ヘラレテイタ



上半身赤黑ク焼ケブクレテ顔ハ丸ク見分ケガツカナイ

ワガ子ヲ探シナガラモドウカコノ中ニイテクレナト祈ル氣持デアッタ
ミナ靴ハハイテイナイ
宮地臣子
サイズ(cm) 31.5×41
展示の説明文 我が子よ、どうかこの中にいてくれるなと祈る気持ちで捜す
爆心地から800m 土橋付近
1945年(昭和20年)8月7日朝
宮地臣子氏(当時34歳)
【作者のことばから】
きれいに並んだ動員学徒の死体。焼け残った弁当が供えられていた。上半身赤黒く焼けふくれて、顔は丸く見分けがつかない。我が子を捜しながらも、どうか、この中にいてくれるなと祈る気持であった。
展示の説明文(英語) Searching, praying not to find my child
800m from the hypocenter Near Dohashi
August 7, 1945, morning
Drawn by Tomiko Miyaji (age 34 at the time of the bombing)
[Excerpt of artist comment]
The bodies of mobilized students were laid out neatly, and offered boxes of bento (packed lunch) salvaged from the blaze. Their upper bodies were burned, dark red and bloated, and their swollen features made them unrecognizable. I searched for my child, praying not to find my child among the bodies.

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