原爆の絵

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資料詳細

識別コード NG004-01
絵の内容 建物疎開作業に向かう途中で被爆し、助けを求める草津国民学校の生徒たち。
作者名(カナ) 木村 秀男(キムラ ヒデオ)
作者名(英語) KIMURA Hideo
当時の年齢 12歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)
情景日時 1945/8/6 (時刻)8:15~8:30
情景場所 西大橋
情景場所旧町名
情景場所現町名
爆心地からの距離 2,150m
ブロック別 吉島・舟入・観音地区
作者の説明 **裏
原爆投下
昭和二十年八月六日晴
被爆場所 広島市天満町福島川土手
広島市立草津国民学校高等科一年
被爆年令十二歳男女一五一名

出展者 木村 秀男 七十歳
**別紙
二〇〇二年四月一日
原爆絵画展
昭和二十年八月六日
被爆場所 広島市天満町福島川土手
爆心直下 千二百米
原爆体験記
木村秀男
原爆体験記
昭和二十年八月六日 晴
青い夏空は朝から容赦なく太陽が照り続ける一九四五年に草津国民学校高等科一年に進学して間もない十二、十三歳の少年でした。
男子女子合計百五十一名は国家総動員法により市内小網町地区一帯の建物の疎開作業の勤労奉仕行く、午前七時三十分朝礼で引率教師の訓示があり、今日は時間が遅れているので電車で行く、己斐駅に着いてそこから、四列徒隊で走行して旭橋を渡って福島町に入り屠殺場の前を通り過ぎ福島川に架かる橋を渡って広島県立第二中学校の川土手歩行中B二十九爆撃機が来襲する。空襲警報のサイレンが鳴り響びく皆んな足を止めて上空を見上げるとB-二十九爆撃機が白い雲の尾を引きながら旋回している。機体から何やらマッチ箱ぐらいの物を落しそれがピカ々と光るのが見える。B二十九爆撃機は上空を旋回して白い飛行機雲だけ残して東の空に消え去って行った。
警戒警報のサイレンが鳴り響く、爆心直下から約千二百米、約五分ぐらい歩いたときに突然と目の前がピカーと光って、ドーント、大きな音がした。その瞬間爆風と熱線と黒い煙が体に当り同時に地面に叩きつけられて意識が失なった意識を取り戻して見たら上空は眞黒い煙がモク々と頭上を覆っている四方を見れば目の前の福島川に熱い々といって飛び込む友達など川土手に重なるように同級生が倒れ助けえてと悲鳴いが各々叫ぶ声が聞える。まわりの家屋は全部崩壊し上空には埃やがれき ような物が舞い上がったのが地上に落下して来る。皆んな煤けた顔に腕や手足背中などに火膓をしている。大手の下敷、家屋の下敷になって助けを求めて同級生が叫んでいる。川の水は大潮で満潮時で川岸には人が石垣にしがみついて助けを求めて叫んでいる。生徒は先生を呼ぶが反応がない皆んなどこに逃げて良いか分からない唯々右往左往するばかり沖の方に向って逃げる、福島川に架かる橋が見えた。橋の上から川の中の小供に向って助けてーと叫ぶ母親と小供最後に母親が川に飛び込んで助けに行かれました。
サイズ(cm) 78×98
展示の説明文 『図録 原爆の絵 ヒロシマを伝える』
〔作者のことばから〕要約
同級生が叫んでいる
みんな顔や腕、手足、背中などにやけどをしている。大手や家屋の下敷になり、助けを求めて同級生が叫んでいる。川の水は大潮の満潮時で、川岸には人が石垣にしがみついて助けを求めて叫んでいる。
8月6日 午前8時15分から30分
2,150m/西大橋
木村 秀男
展示の説明文(英語) A-bomb Drawings by Survivors
[Artist's comments]Summarized
My classmates were screaming.
Burned on their faces, arms, feet, legs, and backs. Trapped under heavy gates and houses, they screamed for help. Some were crying for help from the river, holding onto the stone embankment against the pull of the rising tide.
August 6, 8:15-8:30 a.m.
2,150m / Nishi-ohashi Bridge
Hideo Kimura

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