原爆の絵

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資料詳細

識別コード NG020-02
絵の内容 大家の娘さんの衣服の切れ端。お母さんが毎日捜しに行ったが、遺体はどこにもなかった。
作者名(カナ) 布野 正夫(フノ マサオ)
作者名(英語) Masao Funo
当時の年齢 13歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)
情景日時
情景場所 日本生命広島支店
情景場所旧町名 大手町二丁目
情景場所現町名 大手町二丁目
爆心地からの距離 180m
ブロック別 紙屋町・本通地区
作者の説明 **絵の中
友達がこのへんで見たとのこと、毎日毎日毎日そこへ行き賢し、お母さんが、この辺で死んだといって皆さんが泣いた

場所日本生命
焼け残りの歯切れ

これだけの物か、のこっとらんて まったく不思議な、ことがあるのか、みんな大人の人が話しを、してました
**別紙
当時、住ましてもらっていた日浦さんの家の娘さんが、日本生命で被爆され、日浦さんのお母さんと、毎日毎日、日本生命へ娘さんをさがしに行った。そこで、娘さんが着ていた服の一部が発見された。その発見された服の切れはしの絵。娘さんの遺体はなかった。
サイズ(cm) 12.6×17.7
展示の説明文 わずかに焼け残った衣服の切れ端
爆心地から180m 日本生命広島支店 大手町二丁目
布野 正夫氏(原爆投下当時13歳、絵を描いた時69歳)
作者の解説
当時、住まわしてもらっていた日浦さんの家の娘さんが、日本生命で被爆され、娘さんのお母さんと、毎日毎日、日本生命へ娘さんを捜しに行った。そこで、娘さんが着ていた服の一部が発見された。娘さんの遺体はなかった。

展示の説明文(英語) A strip of cloth was all that remained.

180 m from the hypocenter, Nippon Life Insurance Company, Hiroshima Branch, Ote-machi 2-chome
Masao Funo (13 at the time of the bombing, 69 when he drew this picture)

Artist's explanation
The daughter of the Hiura family whose home we were living in was exposed at her job at Nippon Life Insurance Company. Every day, we accompanied Mrs. Hiura (the mother) to Nippon Life Insurance Company to search for her daughter. We finally found a fragment of the clothes she had been wearing, but not her body.

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