原爆の絵

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資料詳細

識別コード NG354-06
絵の内容 被爆の3日後、己斐から西天満町間で初めて路面電車が動く。復旧一番電車で車掌として乗務した。
作者名(カナ) 堀本 春野(ホリモト ハルノ)
作者名(英語) HORIMOTO Haruno
当時の年齢 16歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)
情景日時 1945/8/9
情景場所 己斐から西天満町までの路面電車の中
情景場所旧町名 己斐町、西天満町
情景場所現町名 己斐本町、天満町
爆心地からの距離 1,300m~2,500m
ブロック別 十日市・中広地区
作者の説明 **絵の中
己斐-天満町間の被爆後
復旧一番電車内
復旧第一
市民に元気
一俟の光
**裏
堀本春野 72才
当時16才
サイズ(cm) 35×24.2
展示の説明文 『図録 原爆の絵 ヒロシマを伝える』
〔作者のことばから〕引用
復旧一番電車
乗客は無口な人が多く、「おお電車が動くんか」と驚かれる人。「鉄橋が怖いけんのー」と有難がる人。「火傷の人、斑点が見える人」と、色々でした。「有り難うございました」「済みません」と言い、電車賃の払えない人も多かったように思います。(『電車内被爆者の証言』 広島電鉄株式会社、1985年12月15日、112ページから)
8月9日
1,300m to 2,500m/己斐から西天満町までの路面電車の中
堀本 春野
展示の説明文(英語) A-bomb Drawings by Survivors
[Artist's comments]Quoted from a document
The first restored streetcar
A lot of the passengers had nothing to say. Some were amazed: “The streetcars are already running?” Others said, “I'm afraid to cross the rail bridges by myself.” People with burns, people with purple spots. Many couldn't pay the fare. “Thank you very much,” they said,“I'm sorry.”
(Taken from Testimonies by Survivors Exposed in Streercars; Hiroshima Electric Railway Co., Ltd., December 15, 1985; page 112)
August 9
1,300m to 2,500m / in a streetcar riding from Koi to nishi-tenma-cho
Haruno Horimoto

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