原爆の絵

資料の使用等について

資料の使用等をご希望の方はこちらをご覧ください。

資料詳細

識別コード NG358-01
絵の内容 遠くで火の手が上がっていた。けがをした人が川土手の方へ歩いて避難していた。
作者名(カナ) 玉田 吉之助(タマダ キチノスケ)
作者名(英語) Kichinosuke Tamada
当時の年齢 13歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)
情景日時 1945/8/6
情景場所 東洋製罐広島工場近くの川土手
情景場所旧町名 西天満町
情景場所現町名 天満町
爆心地からの距離 1,530m
ブロック別 十日市・中広地区
作者の説明 **絵の中
火の手が上ると怪我人は川の方に向って逃げた
**裏
絵1
天満町の東洋製缶に動員中朝の点呼中に被爆、一瞬のうちに工場の下敷きになり暗闇の中を手探りで外に出て驚いた。外は薄暗く遠くでは火の手が上り怪我をした人が川土手の方へ歩いて避難していた。衣服は破れ火傷で顔がはれ上り表裏の区別がつかないばかりか、頭皮が焼け帽子の跡がくっきりついて両手をぶらさげている人が多い。
玉田吉之助
サイズ(cm) 27×38
展示の説明文 火の手を逃れ川土手へ避難する負傷者
爆心地から1300m 天満町
1945(昭和20)年8月6日
玉田 吉之助(原爆投下当時13歳、絵を描いた時70歳)
絵中解説
火の手が上がりケガをした人が川土手のほうへ歩いて避難していた。衣服は破れ、やけどで顔がはれ上がり表裏の区別がつかないばかりか、帽子の跡がくっきり付いて両手をぶらさげている人が多い。
展示の説明文(英語) Injured people taking refuge on the riverbank to escape the flames
1,300m from the hypocenter, Tenma-cho
August 6, 1945
Kichinosuke Tamada (13 at the time of the bombing, 70 when he drew this picture)
Explanation in picture
The flames licked up and injured people headed for the riverbank to take refuge. Their clothes were torn, their burned faces were so swollen, I couldn稚 tell if they were facing me or looking away. Many with arms hanging limp had clear lines on their heads marking where a hat had been.

被爆資料写真原爆の絵美術品についてのお問い合わせ先

広島平和記念資料館 学芸課


電話:082-241-4004 FAX:082-542-7941