被爆資料

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資料詳細

識別コード 3504-0059
資料名 財布の口金
資料名(英語)
寄贈者(カナ) 岩原 和彦(イワハラ カズヒコ)
寄贈者(英語) IWAHARA Kazuhiko
受入年月日 2018/11/15
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 160×18
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 鷹匠町
被爆地(現町名) 本川町二丁目
爆心地からの距離(m) 550
数量 1
内容 寺本ヨシさん(当時61歳)は、長男の甚一さん(当時38歳)と鷹匠町の自宅で被爆。木造家屋は倒壊し焼失した。3日後、ヨシさんの長女の夫が、自宅跡で2人の焼けた遺体を発見。ヨシさんのお腹あたりに財布の口金を見つけ持ち帰った。
その後、ヨシさんの遺品となった財布の口金は、四女の松枝さんが仏壇に入れて保管していた。
松枝さんは、己斐の自宅で息子の宏文さん(当時3歳)と和彦さん(当時1歳)と被爆。子どもたちはガラスの破片で手や足を負傷した。市役所の兵事課に勤めていた夫の和一さんも、後頭部と背中全面に窓ガラスが突き刺さり、大けがを負った。
ブロック別 十日市・中広地区
展示説明文 母の形見の財布の口金
寄贈/岩原和彦
爆心地から約550m 鷹匠町(現在の本川町)
寺本ヨシさん(61歳)と息子の甚一さん(38歳)は自宅で被爆。自宅は全壊全焼で、3日後、焼け跡から遺体が発見された。ヨシさんの遺体のそばで見つかったこの財布の口金を、娘の松枝さん(25歳)は仏壇に入れてずっと大切にしていた。

松枝さんの手記から
『此んな恐ろしいみじめな日が二度と起こらない様、祈らずには居られない。
母や兄は家の下敷きになって焼け死んだ。元気で昨日会った母が、兄が、今日は白骨。どんな思いで死んでいったであろう。夢にも忘れる事の出来ないあの日…』
展示説明文(英語) A purse clasp, a remembrance of her mother
Donated by IWAHARA Kazuhiko
550 m from the hypocenter Takajyo-machi (now, Honkawa-cho)
TERAMOTO Yoshi (aged 61) and her son, Jinichi (aged 38) experienced the atomic bombing at home. Their house was destroyed and burnt down. Three days after the atomic bombing, their remains were found in the ruins of their home. Yoshi’s daughter Matsue (then, 25) had always valued this purse clasp, which was found beside Yoshi’s remains, in her family Buddhist altar.

Excerpt from Matsue’s memoir
“I can’t help but pray that such a horrible and miserable day will never occur again.
My mother and elder brother were pinned under the collapsed house and burnt to death. Both of them, whom I had seen in good health the day before, are bones today. How did they feel when they were dying? That day, which I cannot forget even in my dreams….”
資料性質 被爆資料
収蔵場所 収蔵庫2

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