被爆資料

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資料詳細

識別コード 9301-0181
資料名 罹災証明書
資料名(英語) Disaster certificate
寄贈者(カナ) 植田 雅晴 (ウエダ マサハル ),植田 怜子(ウエダ レイコ)
寄贈者(英語) UEDA Masaharu,UEDA Reiko
受入年月日 2018/9/28
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 90×126
寸法(その他)
被爆地(旧町名)
被爆地(現町名)
爆心地からの距離(m) 1900
数量 1
内容 植田幸男さんの罹災証明書。
幸男さん(当時26歳)は、勤務先の広島駅西信号所の2階で被爆した。幸男さんは爆風で吹き飛ばされ1階に落ちたが、幸い大きなけがはなかった。数日後、線路沿いに歩いて西条(現在の東広島市)の自宅まで帰った。
ブロック別 牛田・広島駅周辺地区
展示説明文 罹災証明書
寄贈/植田雅晴・怜子
植田幸男さん(26歳)は、広島駅西信号所の2階で被爆。爆風で建物は一瞬で吹き飛ばされ、幸男さんは地面に叩きつけられた。幸い大きなけがはなく、数日後、線路伝いに歩いて自宅(現在の東広島市)にたどり着いた。
戦後、幸男さんは原爆のことは多くを語らなかった。
展示説明文(英語) Disaster certificate
Donated by UEDA Masaharu and Reiko
UEDA Yukio (then, 26) experienced the atomic bombing on the second floor of the Hiroshima Station West Signal Station. The building was blown away by the blast in a flash, and Yukio was slammed against the ground. Fortunately, he did not sustain any serious injuries, and several days later, he walked along a train track and finally reached home (in present-day Higashi-Hiroshima City).
After the war, Yukio did not talk much about the atomic bombing.
資料性質 被爆関連資料
収蔵場所 収蔵庫2

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