原爆の絵

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資料詳細

識別コード NG461
絵の内容 顔の皮膚がはげ裸で手足の焼けただれた女学生。「水をちょうだい」と頼まれるが何もしてあげられなかった。
作者名(カナ) 大本 八千代(オオモト ヤチヨ)
作者名(英語) Yachiyo Omoto
当時の年齢 29歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)
情景日時 1945/8/6 (時刻)15:00頃
情景場所 福島川土手
情景場所旧町名 福島町
情景場所現町名 福島町
爆心地からの距離 1,750m
ブロック別 十日市・中広地区
作者の説明 **別紙
家内被爆して住所の近くで終日防空壕の内や外で時間を過ごしました。原爆の光線に会った人々の負傷の恐ろしさを思い、筆をとりました。

**別紙
当時私は福島中町でタドン工場を営んで居りました。
昭和二十年八月六日午前八時十五分、突然ゴー、ドスーン、真っ黒い煙と共に突然私は地の底に吸い込まれました。暗やみの中に庭先の辺りに火柱が上がったように見えました。爆弾の直撃を受けたのだと死を観念致しました。私は何時の間にか一人娘の二才の子を抱いていました。出征中の夫との別れも頭によぎり…。しばらくすると少しずつ明るく成って参りました。呼吸が出来る!!!体はバラバラにくずれた家の下敷きに成っていました。幸い家はバラック建てであったので何とか体をくねらせて地上に出ることが出来ました。家も倉庫も工場も街も見渡す限りがれきの原。
何とかして福島川に避難を致しました。多勢の人が泣き叫び乍ら母の名を呼び、子供の名を呼び、光線に当たって火傷した人々、阿鼻叫喚!!!人々は己斐町の方へ避難して行きました。しばらくして方々から火災が起こり、火の勢いで台風が起こり、東西に、南北に吹きまくり、黒い雨が降り出して水たまりには黄色い油が浮いていました。
私はスレート工場に大きな井戸側が横にころがして有ったので其の内に子供を抱いてしゃがんで雨宿りをして居ました。
街の中心部の方から被爆者がどんどん電車の鉄橋を渡る人、河の中を歩いて、まるで蟻の行列の様に己斐町の方へ逃げて行きました。黒い雨は三十分位でやみました。
その時「水をちょうだい、水をちょうだい」と哀願する様に川から上がって来た人、顔の皮もはげ、丸裸、手も足も燒けただれ、皮膚がたれ下がっている。痛さのあまり両手を前にかかげて手首をたれ、まるでゆうれいのよう。あヽ可哀相!!!(勤労奉仕の女学生さん)痛々しい。でも命からがらの私には何もして上げることが出来ませんでした。坐っていた井戸側の席をゆずり別れました。後になって、あの女学生さんは両親の許にめぐり会えたであろうか、きっと途中で息絶えてしまったのではないだろうか、せめて住所、氏名でも聞いておいてあげればよかったのに。
六〇年近くたって今でも心残りに思って居ります。   
合掌
平成十四年七月三日   
大本八千代 
(原爆の光線はあたった瞬間、厚さ十二、三糎の大布団が竿に乾かしてあったものが灰も無く焼きつくされていました。)

サイズ(cm) 29.7×21
展示の説明文 「水をちょうだい、水をちょうだい」と哀願する様に川から上がって来た女学生さん、顔の皮もはげ、丸裸、手も足も焼けただれ、皮膚がたれ下がっている。痛さのあまり両手を前にかかげて手首をたれ、まるでゆうれいのよう。ああ可哀想!!!
展示の説明文(英語) A female student came up out of the river pleading, "Water please, water please," the skin on her face peeling away, stark naked, her hands and feet severely burnt, and her skin drooping off. In great pain, both her arms were raised in front of her, hands bent downwards at the wrists, she appeared to be nothing less than a ghost. Oh, her poor soul!!!

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広島平和記念資料館 学芸課


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