原爆の絵

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資料詳細

識別コード SG-0359
絵の内容 父・友次郎さんの野辺送り。(小原一家・原爆の絵連作4)
作者名(カナ) 小原 芳郎(オバラ ヨシロウ)
作者名(英語) OBARA Yoshiro
当時の年齢
寄贈者名 匿名
種別 新市民が描いた原爆の絵(その他)
情景日時 1945/9
情景場所
情景場所旧町名 新庄町
情景場所現町名 新庄町
爆心地からの距離 3200
ブロック別 三篠・祇園地区
作者の説明 絵中 父野辺の送り 20-9
裏面 本宅焼跡(横堀)

父・友次郎さんの野辺送り。必ず工場を復興すると思っていた友次郎さんは、被爆から一週間ほどで寝込むようになり、9月1日に家族の看護もむなしく亡くなった。作者である息子の芳郎さんは勤務先で大八車を借り、友次郎さんの遺体を運んだ。
サイズ(cm) 10×14.6
展示の説明文 父親の野辺送り 
作者/小原芳郎氏   寄贈/小原恵子氏
1945年(昭和20年)9月 
爆心地から約3,200m 新庄町
必ず工場を復興すると思っていた小原友次郎さんでしたが、被爆一週間後から寝込むようになり、9月1日に家族の看護もむなしく亡くなりました。大八車に乗せ、息子の芳郎さんが引きました。
展示の説明文(英語) Nobeokuri (rustic funeral procession) for father
Drawn by Yoshiro Obara Donated by Keiko Obara
September 1945
Approx. 3,200m from the hypocenter Shinjo-cho
Although Tomojiro Obara was determined to re-establish his factory, he became bedridden one week after the A-bombing, and died on September 1 despite his family's devoted care. Tomojiro's body was put on a large cart, which was pulled by his son Yoshiro.

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