原爆の絵

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資料詳細

識別コード SG-0415
絵の内容 学校での遺体の火葬。焼け残った部分をカラスが食べに来た
作者名(カナ) 村上 凡子(ムラカミ ナミコ)
作者名(英語) Namiko MURAKAMI
当時の年齢 16歳
寄贈者名 今石 元久
種別 新市民が描いた原爆の絵(その他)
情景日時 1945/8/7~15
情景場所 広島女子専門学校
情景場所旧町名 宇品町
情景場所現町名 宇品東一丁目
爆心地からの距離 3350
ブロック別 皆実・宇品地区
作者の説明 学校では倒壊を免れた校舎などに多数の負傷者を収容し、寮生らがその救護にあたった。薬もほとんどない中、負傷者たちの状況は悲惨を極めた。負傷者たちが次々と亡くなり、遺体を火葬しなければならなくなった。校庭の塀の外側にあった蓮畑のあぜに穴を掘り、その穴に壊れた広島第二県女の校舎の木材を積み上げ、その上に何人かの遺体を並べ、火葬を行った。ガソリンも重油もない中での火葬は2日から3日もかかり、交代で火の番をした。腹部などが焼け残るとカラスが食べに来た。骨の一部を蓮の葉などで包み、校長室に運んだが、その骨は山と積まれていった。校舎の中は負傷者たちの膿と腐肉の臭いが満ち、外に出ると遺体を火葬する強烈なたんぱく質の焼ける臭いで呼吸することすら苦しく感じるほどであった。あまりにも悲惨な現実に、生命の尊厳や死についてゆっくり考える暇もなく、ただ黙々とそれらの仕事をこなすしかなかった。
サイズ(cm) 20.8×27
展示の説明文 学校での遺体の火葬。焼け残った部分をカラスが食べに来た
画/村上凡子氏  寄贈/今石元久氏
1945年(昭和20年)8月7日~15日 
爆心地から約3,350m 宇品町(現在の宇品東一丁目作者のことばから
苦しみ抜いて亡くなって行った人たちの中には、捜しに来た家族に引き取られて行く人もありましたが、多くの人が、住所も姓名も分からず、結局私たちの手で荼毘にふす事になりました。学校に駐留していた兵士たちや先生、そして私たちは、校庭の外に広がる蓮畑に穴を掘って、第二県女が完全に倒壊していたので、そこから木片や材木を運んで来て積み重ね、その上に遺体を並べて焼きました。どうしても完全に焼く事ができず、翌朝行くと、多分カラスが朝早くやっていたのでしょう、校庭のあちこちで肉片の様なものをついばんでいる光景がみられました。凄惨という言葉でしか表現できません。
20歳にまだ手の届かない、多感な少女達の心がどれ程傷ついた事でしょう。感傷に浸る隙もなく、忙しい毎日を過ごしました。
展示の説明文(英語) Crows eating the remains of corpses cremated in the schoolyard
Drawn by Namiko Murakami Donated by Motohisa Imaishi
August 7-15, 1945
Approx. 3,350m from the hypocenter Ujina-machi (now, Ujina-higashi 1-chome)
Notes from the artist:
Among those who had died in great agony, there were some whose searching families had come and taken their bodies away, but there were more whose names and addresses were unknown and who eventually were cremated at our hands. Students, teachers, and soldiers who had been stationed at our school dug holes in the field of lotuses beyond the schoolyard. We gathered blocks of wood and lumber from the Second Hiroshima Prefectural Girls High School, which had been completely destroyed, and made piles upon which we burned bodies. It was impossible to cremate them completely and on the next day the crows had arrived early and were picking at what looked like pieces of flesh spread out across the schoolyard. Gruesome is the only word that could describe it.
These sensitive girls, not yet 20 years old, must have been scarred mentally. We spent our days busily with no room for sentimentality.

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